鴎外は何故袴をはいて死んだのか
「非医」鴎外・森林太郎と脚気論争
志田信男 著
公人の友社
定価(本体2,500円+税)
2009年1月20日発行
鴎外は何故袴をはいて死んだのか 吉村昭著「白い航路」を読んだのが、1992年である。この本で脚気が明治期の国民病の一つであり、医学界の大問題だったことを知った。鴎外については多くを読んだことはなく、十代の頃、たしか文学全集で「高瀬舟」、「山椒大夫」、「舞姫」、「阿部一族」などポピュラーな作品のほか、岩波文庫版の「ファウスト」等を読んだ程度であった。
(中略)
だから彼に対しては、世間並みの関心と敬意を抱いていたのである。

それだけに「脚気問題」に対する鴎外の医師としての対応には看過できない問題が含まれていると思った。薬害・公害が多発し、HIV問題などいわゆる「権威」や「専門家」の関与する多くの医療事故が問題化していたからである。
鴎外の脚気問題に対する対応は、日本の医療における現代にもつながる負の一側面の象徴だと思った。これが私の「医師・鴎外・森林太郎論」の出発点である。

筆者が「鴎外」を追求するのは、別に彼を「目の敵」としているわけではなく、彼が、維新から敗戦を経て現代にいたる明治時代以来の日本人の思想のあり方、学歴エリートの問題、学問における権威主義、医学における人間疎外状況など、現代につながる根源的な問題をはらんだ歴史的人物であり、その要に位置する象徴的人物だからである。その本質を現時点でさまざまな角度から追求することは、日本の文化・学問・医療の今後の正しい展開のためにも必修のことと考えるからである。

かつて近代の超克ということばが流行ったが、一つの時代、一つの時代思潮はそう簡単には超克されえない。日本の近代の負の部分は、現代においてもなお、政治、文化、官界、医学界、財界、民間にも根強く残っている。

「鴎外」を正しく評価することは、病める日本の現代を超克するための一石となりうると考える。

「まえがき」より

目 次

・まえがき
・森鴎外と結核 −秘匿と不闘の意味論
・医療より優先された「学理」 −明治脚気論争にエイズ薬害の「根」
・明治脚気論争にみられる「医」と「非医」 −「見立て」と「さじ加減」の観点から
・十四代将軍家茂と「脚気論争」 −徳川侍医団における東西医学の対立
・「脚気論争」と歴史記述
・丸山ワクチンと脚気論争 −森鴎外の「医療犯罪」
・「学理」論争に関連して、エルウィン・ベルツの所見
・森鴎外作「なかじきり」解釈試論 −「医」に関する言及をめぐって
・鴎外・森林太郎における和魂洋才の本質 −遺書とその意味をめぐって
・久保百合子君の「『森軍医総監の演説』について」を読んで −読後感
・森鴎外の遺言再考 −生前と死後を分つ巧妙なレトリック
・「森軍医総監の演説」について −矛盾と僞瞞の構造
・「日本米食史序文」考 −鴎外の「脚気論争」敗北告白の書
・「証拠より論」の医学者、鴎外・森林太郎 −「オオトリテエ」の医学の系譜
・京都「安楽死」事件と高瀬舟
・日本米食史「序」以後 −鴎外・森林太郎の<医>の本質
・森鴎外の「凱旋」 −「講座 森鴎外」をめぐって
・石黒忠悳「反省」の弁
・歴史の仮構と捏造について
・皇女和宮の死と「漢洋脚気相撲」 −明治天皇と西洋医学
・「棟田・日露戦史」における脚気問題 −「脚気よ何処に?」
・鴎外は何故袴をはいて死んだのか
・鴎外の遺書と刀銘
・明治初期ドイツ医学採用の論理 −解剖学と民主主義
・脚気論争始末 −石黒忠悳「反省」の弁と鴎外の述懐
・あとがき



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